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第七十回 198X年12月25日 (2)
小野さんの電話を切ってから、僕はカツミのダッフルコートを着て、外に出た。 家に居るのが退屈だったからだ。

朝から降っていた雨が上がったばかりで、地面からアスファルトから立ち上る水分の匂いがした。 
空を見上げると、奇妙な形の雲が、微かに覗く青空を背景にして、頭上に横たわっている。 あの雲の形は何だろうと考えて、ひとつ思い出した。 ヨウのギプスに描かれていた「ねずみ」だ。

歩きながら考えて、加瀬さんの家まで行くことにした。 理由はうまく説明できないが、強いて言うなら、ヨウがあの家にもう居ないことを確認しに行くためだ。 行ったところで、ヨウが居るか居ないかなんて分からないような気がしたが、行けばなんとなくわかるんじゃないか、と僕は思っていた。 
そして、その思い込みは、とても簡単に証明された。 
加瀬さんの家そのものが無くなっていたからだ。 
見覚えのある家々の隙間に掘られた大きな落とし穴のように、その場所だけがごっそり切り取られていた。 かつて、ヨウが僕を覗き見た窓も、タカコさんが育てた花壇も、そんなもの、始めからなかったんじゃないかと思わせるくらい、そこには何も残っていなかった。

次に、ヨウの家に行った。
加瀬さんの家よりも、ずっと早く無くなってもおかしくない、あの壊れそうな家だ。
果たして、ヨウの家は前に見たのと同じ、傾いだままの形で残っていた。
玄関脇の柱に貼られていた「篭嶋」の紙切れはもうなくて、紙の剥がし跡だけが白く残っていた。
紙の剥がし跡のすぐ下のブザーを押してみたが、音は鳴らなかった。

壊れそうな建物の脇に、壊れた自転車が立て掛けてあった。
僕が直してヨウが壊した自転車だ。
病院に初めて見舞いに行ったときに、「必ず返す」と言ったヨウの姿と、加瀬さんの家のカーテン越しに僕を見ていたはずのヨウを交互に思い出した。

僕は、自転車をアパートに持って帰ることにした。
ぐにゃりと曲がったハンドルを持ち、自転車を曳くようにして歩いた。 タイヤも曲がっていて、うまく回らないが、自転車自体がそれほど重くないので、時間を掛ければなんとか歩いて帰れそうだ…と思ったのは最初の数分だけで、すぐに腕やら脚やら膝やらが痛くなってきた。 きっと不自然な格好で力を入れているからだろうと思った。 国道とは反対側の、住宅地に向かう上り坂に出てすぐのところに、公園があったので、そこで自転車を停めて持ち方やなんかをゆっくり考えてみようと思った。

ベンチの横に自転車を立てかけて腰掛けた。 
少し汗をかいていたので、コーラを買ったが飲んでいるうちに急激に身体が冷えてきた。 風も吹いている。 座っている樹脂製のベンチもガンガン冷えてきて、尻から冷気が這い上がってくる。 僕はベンチから立ち上がって、その場で足踏みをしながら、無意識にぐるぐると周囲を見回した。 ジャングルジム、スベリ台、砂場、シーソー、ブランコ…ブランコの腰掛部分は木製なので、少し暖かそうに見える。 それで、コーラをベンチに置いたまま、ブランコに座った。 鉄製のチェーンは冷たいので、腕組みをして座った。 ブランコの横にはトイレがあって、それがうまく風除けになっているようだ。 少し寒さが和らいだので、僕はそのまま暫くじっとしていた。 
ヨウとブランコに乗った日のことを思い出した。 あの日のヨウの印象はとてもぼんやりとしている。 よく覚えているのは、サクサクという公園の乾いた土の音と、廃屋の隙間から見た夕陽の色だ。 それから、僕のブランコに乗っていた後ろで、カサッと音を立てて立っていたヨウの姿と彼女の困ったような表情を思い出した。 もしかしたら、あの日から、ヨウは僕のことが迷惑だったのかもしれない、と考えた。 
ベンチに立てかけた自転車を小さな子供が眺めている。 女の子だ。 きっとハンドルやタイヤがグニャグニャに曲がった自転車なんて見るのは初めてなんだろう。 彼女を見ながら、…幼稚園か小学校に入ったばかりくらいかなぁ…あの年の頃、僕はまだ施設に居たんだなぁ…というような事を僕は考えていた。 あの頃の僕と、今の僕に見えている景色は、違っているんだろうか…大して今と変わらない気もするが、少し違っているような気もする。 
女の子は僕がベンチに置いたコーラを見て、それからコーラの横に腰掛けた。 僕と目が合ったが、うつむいて視線を逸らし、時々、遠くの方を見たりしている。

僕はゆっくりベンチに戻り、コーラをはさんで女の子の隣に坐った。
女の子が、あまりに驚いた顔をして僕を見るので、「コーラが飲みたいなら、どうぞ」と、声を掛けたが、女の子に変わりは無い。 女の子はじっと僕を見て、それから自転車を見て、また僕を見た。 
顔を強張らせている。
「この自転車は乗れないよ」
女の子は喋らない…が、じっとこっちを見ている。
僕としても見られているのは分かるが、見られる理由が分からない。 僕が子供の頃も、こんな風に人のこと見たりしてたのかな、と考えたりしていると、不意に、あの頃の僕の視界には、「あの頃の僕」なんてのは居なかったという事を発見した。 見ていることが世界の全てで、その世界はどこからも切り取りようもなく揺るぎないものだったということに気づいた。
「おねえちゃんは?」
不意に女の子が僕に話した。
僕はびっくりして、女の子の顔を二度見してしまった。 
「おねえちゃんは来ないの?」
女の子は、もう一度僕に言った。

おねえちゃん、というのは…ヨウのことだった。
| 西岡宏輝 | 21:53 | comments(0) | - | pookmark |
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