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第六十九回 198X年12月25日 (1)
目を覚ましたとき、僕はどこかのベッドで眠っていた。 天井は壁と同じ白い壁紙で、外の陽の光が部屋の隅々まで届いている。 初めは、病院かなと思ったが、そうではないことにすぐに気付いた。 そして、少し時間が経つと、だんだん自分がどこに居るのかを僕は理解した。 
僕が眠っているのは、カツミのベッドだった。 
僕はベッドの中でシーツの匂いを嗅いだまま、カツミの部屋を見回した。 枕もとには、子供の頃からカツミ愛用のミッキーマウスの目覚まし時計がある。 背の低いチェストの上に、サッカーのインターハイで優勝した時の写真と、いびつな目玉の入ったダルマが置いてある。 帽子掛けには、つばの編み目のほどけた小さい麦藁帽子が掛かっている。 
僕はベッドから起きてゆっくりと立ち上がり、麦藁帽子を手に取った。 小学校4年の夏休みに、岡山県の牛窓という所にある小野さんの実家に遊びに行ったときに買ってもらった麦藁帽子だ。 小野さんは、もっと格好のいい野球帽かなにかを勧めてくれたのだが、カツミがこれがいいと言い張ったのを思い出した。 僕は麦藁帽子をまた帽子掛けに戻し、もう一度部屋を見回した。 机の手前の右隅にはきちんと削られた鉛筆4本がペン皿に並び、左隅の奥には国語辞典と英英辞典、そして「とっさの時の日常会話: ヨーロッパ編」という本が、ブックエンドで立てられている。 クローゼットを開けると、サッカーのユニフォームと高校の制服が目に入った。 シャツも全部洗濯されて畳まれている。 何を見ても、まるで明日にでもカツミが帰ってくるかのように、あるいは今さっきまでカツミがいたのかと思わせるくらいに、整然としてそこに佇んでいる。 しかし、それらを見れば見るほど、逆に、もうカツミは居ないのだというサバサバとした諦めのような気持ちが僕の中に湧き上がった。 そこにあるのは、カツミの残滓というよりも、むしろここに残った人間の強い意思のようなものだった。 鉛筆を削り、部屋の埃を払い、シャツとユニフォームにアイロンをかける香子さんの姿を、僕は想像した。 
それから部屋の窓を開けた。 12月の冷たい風が慌しく部屋の中に飛び込んできた。 
僕はものすごく腹の空いているのに気付いた。

1階におりると食卓の上に一万円札とメモがあった。
「ユウスケ、気分はどうですか。」 小野さんの字だった。
戸棚にインスタントのカレーうどんがあった。 湯を沸かして、麺と粉末スープを放り込んで、出来上がるのを待ちながら、食卓の上に置いてある新聞を手に取った。 それで、今日が12月25日だということを初めて知った。 つまり、僕は今日まで丸3日間眠っていたことになる。 時計を見ると、10時50分だった。 TVを点けた。 画面には歳末警戒で巡回に出かける警察官の姿が映されたあと、オーストラリアの師走として、ビーチで海水浴をする人々の姿が映された。 
僕はそれらを見ながら、カレーうどんを啜って食べた。 食べ終わって、食器を洗い、食卓のすぐ隣に続く居間に腰掛けて、水を飲んだ。 TVはうるさかったので消した。 それから目覚めた時に着ていたカツミのトレーナを脱いで、服を着替えた。 僕が元々着ていた服は洗濯されていて、テーブルの傍に置いてあった。 
再び居間に戻り、その部屋の片隅に、膝くらいの高さまで几帳面に積み上げられた雑誌の束があるのに気づいた。 それは小野さんが毎月講読している釣り雑誌だった。 ここに、この本を積み上げたのは、きっと小野さんだろうと思ったとき、ふと、別の思念が頭に浮かんだ。
僕は、もう一度キッチンと居間を見回した。 いつものように、とてもよく掃除されていて、食器もきれいに並べてある。 でも、そういうものを見れば見るほど、その「変化」は確かなもののように感じた。 
…香子さんは、もうここには居ない…

その時、電話が鳴った。 あわてて受話器を取った。 
「目が覚めたか?」
受話器から、少し笑うような小野さんの声が聞こえた。
「で、どうなんだ? 具合はもういいの?」
「うん、もう大丈夫みたい。」
「あぁ、そうか」 小野さんは言った。
居間の隅に置いてあるストーブから、ガスの燃える音がする。 香子さんのことが頭をよぎるたび、僕は頭を何度もかきむしった。
「きょ…香子さんなんだけどさ」 僕は少しつっかえながら、ようやく小野さんに言った。
「ん?」
「…あの日…えぇと…」
「あの日って?」
僕は受話器を持ち直した。 
「あの…小野さんと一緒に御飯を食べた日さ…あの日には、もう家には居なかったの?」
「…あぁ、そうだな…あの日にはもう居なかったな…」
知ってたのかと驚くでもなく、また、困ったなぁという風でもなく、小野さんは淡々と話す。
「…帰って来るのかな? 香子さんは…」
小野さんの様子に妙に焦って、僕は言葉をつないだ。 その自分の言葉を聞いて、もう香子さんはあの家に帰って来ないんじゃないか、とふと僕は悟った。 だからその時、僕は小野さんの答えなど聞かずに、そのまま電話を切ればよかったのかもしれない。
「帰って来ないよ。」
小野さんは、とても淡々とそう言った。
| 西岡宏輝 | 08:12 | comments(1) | - | pookmark |
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Comment
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
Posted by: 職務経歴書の書き方 |at: 2012/07/03 1:53 PM








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